July 28, 2005

新しい音楽への挑戦です。

こんにちは!前回沖縄の音楽を紹介しましたが今回はその沖縄の音楽に津軽の音楽を合体して新しい音楽シーンを模索しているデュオを紹介します。
よなは徹さんと新田昌弘さんによるユニット『Ra』エジプトの太陽神からとられた名前です。
去年、『匠』というアルバムを二人は出していますが、今回6月22日に『XROSSING VIEW』を発表しました。名前から想像されると思いますが、よなは徹さんが琉球三線、新田昌弘さんは津軽三味線を手に、競うようにアルバムの中では演奏を披露しています。アルバム『匠』は<夜空のムコウ>などのカバー曲が主な選曲で作られていますが、今回はオリジナルをひっさげてのアルバムです。。
二人についてですが、よなは徹さんは琉球伝統音楽継承者としての資格を持ったバリバリの音楽家です。多くの古典芸能音楽のコンクールで受賞している強者です。
相方の新田昌弘さんは父親である新田弘志さんとの『親子競演』として津軽三味線の世界では有名な方です。親子で津軽三味線全国大会を征しているこちらも強者です。特に、昌弘さんは、2000年から三年連続で全国大会を優勝している人です。
というわけで、この二人のユニットは確かに実力に裏打ちされた聞き応えのある音楽がそこにあります。全く違う音質の音楽は聴いていると確かに複雑な感じを覚えますが、時折雄叫びを挙げるように聞こえる確かな津軽のメロディーや琉球の音楽は不思議と聞こえるときには安心感を覚えます。確実に彼らの血を感じます。実力があるからでしょうね。これからが楽しみです。
互いにホームページを持っていますので紹介しておきます。
新田昌弘さんのホームページはこちらから入ります。とっても派手で面白いです。
新田親子
よなは徹さんのホームページはこちら
よなは徹
そして、今回二のユニット『Ra』のホームページはこちら。ユニット『Ra』
la

そして二人がリリースしたアルバム『XROSSING VIEW』の試聴はこちら
XROSSING VIEW
xross

どうぞ、ちょっと違った味わいのある二人の音楽を聴いてみてください。
ここ最近、若い人たちによる伝統音楽が再認識され、古い型から新しいものが生まれ出ようとしています。暖かい目で見守っていきたいと思うのです。
それでは!

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July 21, 2005

南風(はえ)を感じて。沖縄の調べ

梅雨が明けました。暑い夏は南風(はえ)に乗って島唄を聴きたいもの。
ということで、沖縄の音楽を取り上げます。
今回はまずは新しい風から。
『下地 勇』さんの音楽を紹介します。東京で8年の生活を経験した後、郷里に戻り音楽を通して心象風景を素直に綴った歌を作り出しています。現在35歳、少しばかり遅咲きのアーチストかもしれません。
2002年に沖縄のFM局で彼の音楽が紹介されました。翌年にはNHK-FMでも特集が組まれるほどに認知されました。彼が歌う歌は多くが方言で歌われており、ディスクの歌詞カードがなければさっぱり意味不明です。しかし、そのメロディーは明らかにそこに風のような柔らかな心地良い響きが感じられ、結局は意味なんてどうでもいいなんて思ってしまいます。
シングルカットされた『我達が生まり島(バンタガンリズマ)』(デビュー曲、ほんの数ヶ月で7000枚を売り上げた名曲です。)は宮古島の日常の生活を描いたものですがゆったりとする気持ちになります。彼のオフィシャルサイトはこちら(フォトをクリック)。
simodi

ten
デビュー曲となった『我達が生まり島(バンタガンリズマ)』はアルバム『天』に収録され更にシングルカットされています。ここからMenuをクリック、ディスコグラフィーをスクロールするとアルバム「天」がありますのでそこからほんのちょっとですが試聴できます。
また、音源のテイチクサイトから、彼のインタビュー記事が見られますよ。下地勇インタビュー
なお、新曲『大和ぬ風』がシングルでこの6月に発売されました。
蛇足になりますが、さだまさしさんの『関白宣言』を宮古島の言葉(ミャークフッドージョン)で歌ってもいます。これは結構おもしろいです。
それでは!

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July 13, 2005

J-Popを歌う韓国のスターたち

今回は韓国の音楽シーンでJ-Popを歌っている人たちを紹介しましょう。
これが調べてみると結構あるもので頼もしい限りです。
まず、私の大好きな『尾崎豊』の曲、I Love YouをPositionが歌っています。
このグループですが、イム・ジェウクがボーカルで、今から10年前にデビューしました。現在はソロで活動しているようで、今年来日しています。J-Popカバーのアルバムをリリースしています。このアルバムの中には他に、『Rainy Blue(徳永英明)』、チャルブンインヨン(韓国での題名です。)は『愛の言霊(サザン・オールスターズ)』
『Never』の題名で歌っているこの曲は「山根康広/Get Along Together」のものです。Blue Dayは浜田省吾の作品です。Position-4
写真として掲載したものはPositionの4枚目のアルバム『Run』でここにBlue Dayは収録されています。
次はタク・チェフンとシン・ジョンファンのデュオ、COUNTRY KKOKKO、『Oh,my Julia』という曲でして、なんとなく日本では想像がつきそうな人の曲です。そう、チェッカーズが歌ったジュリアに傷心(ハートブレーク)です。彼等はそのほかに、チェニョムという題名で井上陽水の『リバーサイド・ホテル』を歌っています。現在彼等は活動休止状態との事、再開が期待されます。
『天国の階段』に出演したパク・ヘギョンが『ソシン』という題名で歌っているのが『河口恭吾/桜』です。
キム・ジャンフンはELLY,my love「サザンオールスターズ/いとしのエリー」、
LINAEは『イビョルフエ』の題名で「五輪真弓/恋人よ」
平井堅は結構人気があるようで、『思いが重なるその前に』を(ノマンウル ウィハン ノレ)という題でソ・ヨンウン、
大きな古時計をsimply sundayがサランヘヨという題で歌っています。
まだまだたくさんあります。
ということで結構知らないところで歌われているのですね。機会があれば韓国の音楽シーンをインターネットなどで聞いてみるのもいいのでは?
韓国のヒットポップスはラジオ・NIKKEIで聞くことができます。BSラジオNIKKEI300ch(毎週日曜日 19時05分)
あるいは、短波放送のラジオ・NIKKEIで毎週土曜日22時45分からどうぞ。


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July 05, 2005

七夕に寄せて

この時期は雨が多くて空がなかなか晴れわたりません。それだけに七夕の主役、織姫も彦星も逢瀬の期待を歯がゆいほどの日々過ごしながら毎年味わうのでしょう。この織姫は星座では琴座の一等星ベガ、彦星はわし座の一等星アルタイル、であることはご存知と思います。おせっかいついでに、天の川の只中を飛ぶ白鳥座の一等星デネヴを含んで三角を作ると(夏の大三角形)となりますよね。学校で星座を習うときに一番初めに親しむ星座たちでもあります。
さて、その一等星ベガを含む琴座はギリシャ神話ではオルフェウスの竪琴となっています。
竪琴は日本ではハープを含めて女の人が奏でる楽器と思われているでしょうが、西洋では男の人が弾く楽器と考える方が良いです。ハープの仲間、アルパは南アメリカでは圧倒的に演奏者としては男の人が弾いています。ヨーロッパの辻音楽師も男ですし。そんなことを頭に入れて頂いてそのお話の概略をまずは、はじまり!はじまり!です。
オルフェウスの最愛の妻(エウリディーチェ)が死んでしまいます。オルフェウスは黄泉の国に妻を連れ戻しに捜しに行きます。その悲しみの姿に哀れを見た黄泉の国の神は妻を現世に帰すことを決意します。オルフェウスに「妻を連れて帰るためには現世に帰るまで振り返ってはならぬ」と言い渡し、オルフェウスにエウリディーチェを伴わせます。しかし、オルフェウスはその約束をふとした事で破ってしまいます。たちどころにエウリディーチェは黄泉の国に引き戻されてしまいます。悲しみにくれたオルフェウスは川に身を投げてしまうのです。ゼウスはオルフェウスが携えていた竪琴を空に上げて『琴座』にしました。
という儚いお話が涙を誘います。このギリシャ神話をオペラにした人がグルックです。
歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」の中で演奏されるのが『精霊の踊り』です。
フルートの独奏曲としても大変有名です。オーケストラで演奏されていても大変きれいで印象的な曲です。3分たらずの曲ですが、この曲でグルックは大変有名になりました。あまり全曲演奏されていません。この曲は出来上がってからも若干の改訂をしたことにより、一部つじつまが合わなかったり、解釈が変ったりと変遷を辿ったことによる影響もあるようです。又登場人物が限られてしまうこと(主に3人ぐらいが中心歌手となります。)がオペラに華やかなイメージを持っている人には物足りないのかもしれません。
なお、この『精霊の踊り』は初演のときはありませんでした。十年ほど後の改定(パリ版)から追加された楽曲です。また、この作品は悲劇に見えますが、実は幕切れは意外とハッピーエンドで終わる戯曲ともなっています。そう書いている私も全曲はよく知りません。また、そんな風に終わるなんてつい先ごろ知りました。いつか聞いてみようと思います。ギリシャ神話では間違いなく悲劇に終わると思ったのですが。
それはともかくとして、このあとにMIDIを紹介しますので、短い曲ですので聞いてみてください。もし、晴れていたら、静かなこの曲を聴きながら星空に思いを馳せてみては如何でしょうか。
二種類のMIDIを紹介します。いずれも素敵に出来上がっています。
seirei_midiから精霊の踊り

あそびの音楽館から精霊の踊りこちらからはこの歌劇で使われるその他の楽曲3曲聴くことができます。

楽曲の全体を聴きたい人はこちらをとりあえず紹介します。
歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」抜粋
ハンガリー国立歌劇場室内合唱団/管弦楽団:レーザーライト OOCO-78471 廉価版(約一時間)

7月7日!天気になあれ!

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June 30, 2005

愛する人のために作った歌。(後編)

“マルセル”儚い名前に翻弄された歌手を今回は採り上げて見ます。そう書くとピン!と来た人は結構その分野について-通-の人です。 エディット・ピアフ、その人です。
彼女は生まれたそのことから波乱を予感しています。大道芸人の父としがない歌手の母との間に生まれています。
パリの一角に
(『エディット・ピアフは、最も貧しい時期、1915年12月19日この家の階段の上で生まれた。その歌声はのちに世界を揺り動かすことになる。【ヴェルヴィル 街72番地のアパルトマンの記念銘板】』)
があります。実際は病院で生まれたようですがはっきりしたことは判りません。それからあちこちに預けられながらも結局は大道芸の父と共に歌手の真似事をして生活していくのです。貧困に喘ぎながら荒んだ生活をしていきます。17才で駆け落ち、それほどまでの結婚をしたにもかかわらず浮気もし、その翌年に娘を出産します。名前は『マルセル・デュポン』
しかし娘は2才5ヶ月目にして病気により死んでしまいます。埋葬する金もなく彼女は路上で自分の身体を売りその金を作るという有様でした。20才の夏の出来事です。いずれにせよ、彼女に残されているのは歌手でしかなかったようです。その人生のシュウ酸、一つ一つが彼女の歌に現れてきたのでしょう。その年の暮れ、日の目を見ることになるのです。モーリス・シュバリエによって見出されレコード・デビューするのです。それから10年余りは彼女は破竹の勢いで歌手の階段を頂点へと駆け上がります。男性遍歴も交えながら。
32才の年に、彼女は運命的な出会いをします。『マルセル・セルダン』ボクサーです。彼はやがてミドル級のチャンプとなります。既に妻帯者でした。それにもかかわらず、彼女はその愛に突っ走っていきます。かなわぬ恋なのですが異常ともいえる愛情をマルセルに注ぐのです。『バラ色の人生』がアメリカで大ヒットします。二人とも人生最高の時代を迎えます。しかし、それもつかの間のことでした。34才になる秋、10月28日のことでした。
「とても待てないの、飛行機で来て!」
「いいよ。きみにキスを。愛しているよ。」
マルセルはピアフの公演地(ニューヨーク)に船で行く予定をキャンセルして飛行機に乗り換えます。その飛行機が墜落してしまうのです。この会話は二人が交わした最後の会話とされています。娘のマルセルも2年ほどの生命、マルセル・セルダンとの間もまだ2年ほどの間柄でした。
『愛の賛歌』は彼女の作詞によるものでマルグリッドに依る曲も出来上がり、完成した矢先の出来事でした。年を改めた1月、彼女自身によって歌われました。この後、彼女はアルコールと麻薬と度重なる事故に見舞われながら、また多くの男たちと浮名を流しながらも13年後、47才という若さで亡くなってしまいます。
しかしながら、彼女は、「マルセルを人生の中で最も愛していた。」と述べ、マルセルの妻及び遺児を最後まで家族同様に付き合い、面倒を見ています。型破りな人ですが、彼女はその愛を生涯貫いた人でした。
彼女を通して多くの有名人が登場してきます。『ジャン・コクトー』『イヴ・モンタン』『シャルル・アズナブール』『ジルベール・ベコー』『マレーネ・デートリッヒ』『ジョルジュ・ムスタキ』『フランシス・レイ』特に、フランシス・レイはまだ無名の作曲家でした。彼女は彼の才能を確信し、世に押し出した人でもあるのですね。
とは言っても、彼女は『マルセル』を生涯愛したのです。彼女が最も晴れやかで、そして幸せであったのも『マルセル』の時代だったんですね。
最後に、『愛の賛歌』の日本語訳を掲載します。この詩を読むと、あだやおろそかにこの歌を唄えなくなってしまうのです。日本語訳は美輪明宏さんのものが一番適当に思えます。

愛の賛歌
           美輪明宏 訳
 高く青い空が 頭の上に落ちて来たって
 この大地が割れて ひっくり返ったったって
 世界中の どんな重要な出来事だって
 どうってこたぁ ありゃあしない
 あなたの この愛の前には
 朝 目が覚めたとき あなたの温かい掌の下で
 あたしの体が愛にふるえている
 毎朝が愛に満たされている
 あたしにはそれだけで充分

 もしあんたが望むんだったら
 この金髪だって染めるわ
 もしあんたが望むんだったら
 世界の涯<はて>だってついて行くわ
 もしあんたが望むんだったら
 どんな宝物だって お月様だって盗みに行くわ
 もしあんたが望むんだったら
 愛する祖国も友達もみんな裏切ってみせるわ
 もしあんたが望むんだったら
 人々に笑われたってあたしは平気
 どんな恥ずかしいことだってやってのけるわ

 そしてやがて時が訪れて 死が あたしから
 あんたを引き裂いたとしても それも平気よ
 だってあたしは必ず死ぬんですもの
 そして死んだ後でも二人は手に手を取って
 あのどこまでもどこまでも広がる 真っ青な空の
 碧の中に座って永遠の愛を誓い合うのよ
 なんの問題もない あの広々とした空の中で
 そして神様も そういうあたし達を
 永遠に祝福して下さるでしょう          

エディット・ピアフのレコードはSP盤、78回転のレコードから始まり、大半はモノラルの時代がほとんどです。(1930~50年代)<モノラルレコード音源を無理やりステレオ化した疑似ステレオの形にしているのもあります。>多くはデジタル・リマスター処理されて少しでもスクラッチ・ノイズを軽減して出しなおされています。
『リッスンミュージックストア』から試聴ができますので次のURLを参考にしてください。
Edith Piaf  (えでぃっと・ぴあふ)(エディット・ピアフ)

なお、『リッスンミュージックストア』のトップページはこちらです。
リッスンミュージックストア・トップ

次回は、7月7日(七夕)にちなんだ楽曲を採り上げます。それまでにはブログをアップしなくては!

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June 16, 2005

愛する人のために作った歌。(前編)

今回は、『愛する人のために作った歌』をとりあげます。
アメリカが生んだ作曲家、フォスターには『金髪のジェニー』という名曲があります。この曲の“ジェニー”という人はフォスターが24才のときに結婚した妻の名前です。この曲は28才のときに発表されています。実はこのときにはフォスターは妻との関係が既にうまくは行っていなかったことが知られています。彼はアメリカの音楽界で、音楽だけで生活しようと試みた人です。まだ著作権が確立していなかった時代に彼の行為は冒険でした。しかし、確かに彼は作品が売れ多くの作品がこの頃に作られています。ですが、時代が彼の行く手を暗いものにしてしまいました。
彼の作品が売れた背景(彼が20代前半の時代)はゴールドラッシュの時代です。アメリカが多くの土地をメキシコから戦争により(アメリカ・スペイン戦争)自国の領土としました。そして新天地からすぐさま金鉱が発掘され、世に言うゴールドラッシュを迎えるのです。彼はその時代の人だったのです。やがて、彼が妻との間がギクシャクし始めた頃、時を同じくしてアメリカに富と貧困、人種差別(黒人・白人)の差が如実に表れ、民衆の不安が北部と南部に対立を起こすことになるのです。5年に亘る南北戦争が勃発します。
彼の作品の中に『主人(あるじ)は冷たい土の中に』『オールド・ブラック・ジョー』がありますが、この作品は彼が奴隷及び黒人に暖かいまなざしがあったことが覗えます。しかしこのことが結局彼をその対立の狭間に追い詰めてゆくことになるのです。北部からは黒人のために曲を作る男として、南部からは北部の人間として敵対視され、こうなると彼の曲は売れません。
30才を越えた彼は既に妻との間もうまく行かず、子供を連れて妻は実家に帰ってしまいます。もう彼には歌を作る才能もなくなり、うつうつと一人安宿で日々を過ごすようになります。そして、37才のある日、病気により発熱を伴った意識朦朧とした状態でベッドから立ち上がった瞬間に洗面台に倒れ込んでしまいます。メイドがそれを発見し、血まみれの彼を病院に運んだのですが、数日後、死亡してしまうのでした。離れていたとはいえ、互いに気遣いをしていたようです。フォスターは彼女に自分の惨めなざまを見せたくはなかったのでしょう。妻子から逃げるようにして暮らしていたようです。ジェニーは仕事が立ち行かなくなり落ち込んでゆく夫の姿に遠い空から祈っていたといいます。決して夫を嫌ったわけではなかったのでした。事実、ジェニーは遺体にとりすがり慟哭したと伝えられています。ジェニーはその後再婚を果たしフォスターが亡くなって39年の後、63才で亡くなっています。

また、フォスターがアメリカの音楽界の礎となり、かけがえのない存在となるためにはフォスターが亡くなって80年の歳月を待たなければなりませんでした。アメリカにラジオの時代が到来し、音楽が巷に聞かれるようになるその時代(1940年代)です。
『草競馬』『おお、スザンナ』『故郷の人々』は良く聞かれる曲です。また、『ケンタッキーのわが家』は現在、ケンタッキー州歌としてその名を永遠に刻みました。
なお、『夢路より(夢見る人)Beautiful Dreamer』がフォスターの死後発表された最後の作品となりました。
最後に、この作品の翻訳を手がけて有名な津川主一氏の翻訳を載せておくことにします。

金髪のジェニー
                津川主一氏訳

明るい茶色の髪をしたジェニーの夢を見る
夏の空の霞のような彼女の夢を
きらめく小川のせせらぎのほとりを歩く
足元で踊るひなぎくのように可憐な姿を
彼女の声は素敵な言葉となって
陽気な小鳥のようにあたりに響く
おお
明るい茶色の髪をしたジェニーの夢を見る
優しい夏の空の霞のように歩く姿を

夜明けのようなジェニーの笑顔が見たい
喜びに輝き、あどけない温かさに満ちた笑顔を
私は喜びが過ぎ去ったかのような彼女の歌を聞く
希望が去ったかのような心に染みる溜息を
夜風のような溜息と、雨のようなすすり泣き
二度と戻らぬ無くしたものを嘆き悲しむ涙
おお
夜明けのようなジェニーの笑顔が見たい
涙の溢れる顔はもう見たくない

愛しいジェニー、どこへ行ったのだ
ふるさとの森の懐かしい場所を捨てて
彼女の微笑みは消え、優しい歌声も飛び去った
私達を勇気付けてくれた夢のように消え去った
今、岸辺に揺れる花は色褪せ
彼女の優しい指先に手折られることもない
おお
愛しいジェニー、明るい茶色の髪
夏の空の霞のように今も思い出の中に

~~いかがでしょう。なんか、切なくなってしまいますね。しかし、これだけフォスターは彼女を愛していたのですね。
最後に、フォスターについては、アメリカのサイトですが英語がわかる方はどうぞご覧下さい。オンライン博物館なるものがあります。かれについての全てを見ることができます。
フォスター・オンライン博物館

ディスクは次をとりあえず。
fostar
Stephen Foster Songbook
・ロバート・ショウ合唱団(米BMG 09026-61253-2)

次はこれ
dreamer
ビューティフル・ドリーマー:ロジェー・ワーグナー合唱団(東芝EMI)
最後に
yakai
金髪のジェニー ~フォスターの夜会(ワーナーミュージック・ジャパン)

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June 13, 2005

古い?新しい?ロミオとジュリエット

今週は『ロミオとジュリエット』をとりあげましょう。
この戯曲はあまりにも有名で作者を知らない人はさすがいないでしょう。原語版を一度見る機会がありまして読んでみました。はっきり言ってぜんぜん判りませんでした。古典なんですね。同じ英語でもぜんぜん違うんですよね。日本でいうところの古典を読むようなものなのですね。それでもこの作品は手を換え品を変えて現代でも古くは感じさせないものになっています。すごいものです。ということで、この作品のイロイロを取り上げることにしました。

クラシックの世界では前のブログで紹介したベルリオーズが作曲を手がけ、更にプロコフィエフのバレエ組曲『ロミオとジュリエット』がこれまた有名です。残念ながら私はバレエでは見たことはないのですが、巷にはいろいろ出ておりまして、人気のほどがうかがえます。
ミラノ・スカラ座バレエ団「ロミオとジュリエット」(マクミラン版)全幕(5030円)と パリ・オペラ座バレエ - ロミオとジュリエット(6300円)が国内では人気のようです。

作品に忠実に作られた映画『ロミオとジュリエット』(1968年<昭和43年>)が公開されたものは私たち中年には心に強く焼き付いています。オリビア・ハッセーが実に可愛いかったですね。後に歌手の布施明の妻に納まったのが不思議でならかったのは私だけでしょうか。離婚してしまったことに妙に頷いてしまいました。そんなことはどうでもいいのですが、このときの相手役、レナード・ホワイティングも美男子でした。当時演じた二人は17歳と15歳でした。その初々しさはこの若さだけに演じられる境地なのでしょう。
この作品を更に質のいいものにしたのは音楽です。ニーノ・ロータによるものでしたが実に切なく綴られた曲でした。現在でもよく映画音楽として取り上げられます。

ここまでが、原作忠実派としたら、これから二つ取り上げるのが、異質版となるでしょう。
『ロミオとジュリエット 1996』
今大活躍中のレオナルド・ディカプリオがこの作品に主演しています。それも現代に置き換えて。モンタギュー家とキャピュレット家を対立するギャングという設定に変え、ロミオはアロハシャツ、剣を銃に、しかしながら台詞はしっかりシェイクスピアというもの。扱い方によっては『ロミオとジュリエット』という作品はなんとでもなるというものを世に示した名作(迷作?)でした。

これとは全く台詞も違う、舞台設定も違う。それでいて音楽は素晴らしいものに仕上げ、世に問うたのがミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』でしょう。アメリカもダウン・タウンに対立するイタリア系移民のジェット団とプエルトリコ系移民のシャーク団という設定で登場人物の名もトニーとマリア、繰り広げられるストーリーは軽音楽いっぱいの作品でした。クラシック界の大指揮者レナード・バーンスタインの作曲によるものです。この作品は随所にオペラの手法が使われ、音楽的に質の高いものに仕上げています。ひとつ例を挙げれば作品の最も最高潮の場面、決闘に向かうそれぞれの人間たちの思いを同時に歌い上げる五重唱というのはオペラそのものです。この作品に使われるほとんどの楽曲が有名です。口から次々と楽曲がついて出る方も多いのではないでしょうか。

最後に、日本での『ロミオとジュリエット』を採りあげましょう。去年、12月東京、日生劇場で蜷川幸雄氏の演出、ロミオ役:藤原竜也、ジュリエット役:鈴木杏による舞台公演がありました。藤原竜也の若々しい情熱的な演技が注目され大成功を納めました。私は彼については遠藤周作の作品『さぶ』に出ていた彼を思い出すのですが、とっても目の印象的な俳優だなあと思いました。舞台の一部をどこかのテレビで見ましたが、声が前に出て言葉がズンズンと胸に響きました。注目度今一番の俳優だと私は思っています。
彼のこの舞台がこの7月にDVDソフトとなって発売されます。
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amazon.comこちらから購入できます。(写真はフォトブックです。)
これを見ると日本の『ロミオとジュリエット』もまんざらではないと思います。蜷川幸雄演出のすごさもこの舞台を成功に導いたことはいうまでもないのですが。

こうして作品『ロミオとジュリエット』をあらゆる形から見ても決して古さを感じないのは何なのでしょうか。この作品は悲劇に終わります。『死ぬ』という終焉の形が美しく果かなさが尊いのではなく、人を愛するという『情熱』が心を揺り動かすのでしょう。どの形態をとっても二人が交わす言葉の全てがアツイのです。二人だけに流れる言葉のそれぞれが音楽のように心の中に奏でられ私たちは酔うのだと思います。大人同士の恋の駆け引きなどというやぼったいものは微塵もなく純粋に『恋に堕ちる』ということに憧れを持つのでしょう。
私も50を越えるとそんな純なものには、もう懐かしさの域に達した自分が悲しく思えます。とはいえ、そんな燃えるような恋を経験したわけではありませんが、人並みの恋をし、結婚をし、子供を育てあげているうちにあの『恋』というものは遥か彼方に行ってしまいました。後は<老いらくの恋>を待つだけなのでしょうか?いえいえ、カミ(妻)さんにこう言われて殴られてしまいそうです。
「恋は無くなっても愛は不滅です。あなたにはよもや、もう愛のかけらも無いのですか
…うう~む参った

ちぃ~っとも音楽ブログらしくなくなってしまいました。とりあえず、今までに挙げた作品はそれぞれ次のサイトから購入できますよ。勿論、物語に付随した音楽もしっかり楽しんでください。

ミラノ・スカラ座バレエ団「ロミオとジュリエット」(マクミラン版)全幕

パリ・オペラ座バレエ -「 ロミオとジュリエット」

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レオナルド・ディカプリオの『ロミオとジュリエット 1996』

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オリビア・ハッセーの『ロミオとジュリエット』

WSS
ウエスト・サイド・ストーリー(映画版)

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June 09, 2005

ベルリオーズの波乱な一生

こんばんわ!
コメントを立川さんから頂きました。そのコメントで「彼は素敵な女性と出会えたの?」というご質問がありましたので、そう言えばさもありなん!という質問!お答えしましょう。
ベルリオーズはあの女優とその後あの有名な作曲家リストの立会いで結婚をしています。しかし、上手くいかず、その後離婚をして演奏旅行で伴っていた歌手と再婚しています。
彼は作曲だけでは生活が成り立たず、音楽学院の図書館で一生働いています。前妻、再婚した妻との間に子供があるのですが晩年相次いで亡くしてしまい孤独のうちに最後の時を迎えました。彼を支えたのは結局リストの力だったようです。65歳で亡くなっていますが、その生涯は性格の激しさもあってか敵も多く波乱に満ちたものでした。彼が生きた時代には彼については世間ではあまり認められてはいなかったようでした。リストは彼の才能を最後まで信じた人だったのですね。確かに彼の登場によって後々の音楽シーンに多大な影響を与えています。
せっかくですので、彼の作品は有名なものではブログで紹介した作品以外にはよく演奏会で演奏される「ファウストの劫罰、<特に(ラコッツィー行進曲)はこの中で演奏される曲です。>」「ロメオとジュリエット」「イタリアのハロルド」などがあります。

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June 07, 2005

六月は愛と恋が成就する月?

こんにちは!
今月は海外では、卒業、ジューン・ブライドの月、というわけで、似合わないですが、恋と愛を題材に音楽を表してみたいと思います。
今回は『男も思い入れが激しいとすごい曲ができる。』というお話。
ベルリオーズという作曲家がおりましてこの人、生来の情熱家であったようでして、しかしながらその風貌はあまり女性にはもてなかったようです。その割には惚れっぽいのでしょうか女性には熱を上げてしまうようでした。
26歳の頃に舞台女優に恋焦がれ、ストーカーまがいの行為で逆に彼女から気味悪がられふられてしまいます。その4年後、互いに婚約まで発展した女性が今度はベルリオーズが仕事でローマに離れていた間に違う男と結婚してしまった。という悲劇に見舞われてしまいます。さすがにその落胆ぶりは彼を自殺未遂まで追い込んでしまいます。
彼のすごいところはこの経験を音楽にしてしまいます。それが『幻想交響曲』です。
さて、その中身なのですが五楽章から構成されていまして全てに表題がついています。
第1楽章「夢、情熱」:
恋人への想いを「夢」見ながら「情熱」に心躍る青年の姿を描く。
第2楽章「舞踏会」:
恋人の姿を夢の中で繰り広げられる舞踏会でのなかで見つけ、優雅で幸せな気持ちになる。
第3楽章「野の風景」:
恋人の幻を夢の中の野原で見つけ疑心暗鬼になる。深い孤独に陥る青年の姿がそこにある。
第4楽章「断頭台への行進」:
恋はあっけなく破綻し、裏切られた気持ちの中で恋人を殺める。青年はその罪でギロチンにかけられる。
第5楽章「魔女の夜宴の夢」:
前の楽章で命のなくなった青年の遺体と魂が葬儀で魔女や魑魅魍魎に弄ばれお祭り騒ぎをする。

すごいでしょう!こんな曲なんて聞きたくないとお思いでしょうが、是非、お勧めします。彼は30歳のとき(1830年)にこの曲を発表しますが、後のフランス音楽(ドビュッシー、サン・サーンス、等)に大きな影響を残すことになる名曲です。
第二楽章のメヌエットはとってもきれいですし、四楽章の断頭台のシーンは圧倒的なスケールを感じます。また五楽章の管楽器によって歌われるメロデーはレクイエム『怒りの日』といってヨーロッパでは大変メジャーな音楽です。聞き所の多い音楽です。全曲通しても50分程度の音楽です。
ちなみに、彼はこの曲に更なる思い入れがあったのでしょうか、翌年と更に25年後に楽曲の一部を改訂して演奏しなおしています。

演奏家ですが、まずはフランス人の演奏家で代表的な人。シャルル・ミュンシュ指揮、パリ管弦楽団(東芝EMI)が一押し。
インド系の血を受け継ぐ素晴らしい指揮者ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団(CBSソニー)
そして、録音は1950年と古いのですが、名盤中の名盤、ピエール・モントゥー指揮サンフランシスコ交響楽団(モノラル録音の可能性アリ)(BMGファンハウス)特に第二楽章はうっとりするぐらい素晴らしいです。
ちょっと異才な指揮者による演奏者のほうが聞き応えがあります。

私が高校時代の生徒会長はこの曲だけがクラシックの中で一番好きだという人がおりました。クラシックとは無縁な彼だけにとても印象的に今でもこの曲を聞くと彼の顔が思い出されます。彼はその後、情熱的な恋をし結婚されました。今では幸せな日々を過ごしていると私は思っているのですがその後のことは知りません。
次回はもう少しハッピーな話題にしましょう。

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June 01, 2005

今、注目のアーチストたち

こんにちは!
今週は今注目のアーチストのご紹介です。といっても私が最近気に入ったアーチストですけれど。
二組ご紹介しましょう。いずれも地道な活動をしながら実力をつけたアーチストです。
まず、アコーステック・ギターを演奏する二人、『DEPAPEPE(デパペペ)』です。神戸発の三浦たくや(22歳)と徳岡よしなり(27歳)の男二人組みです。
ライブハウスでのバイト仲間だそうで、以前はエレキギターを弾いていたんだそうです。しかし、実力はたいしたもので、特に、徳岡さんの父親はギター教室の先生とのこと、小さいときからギターになじんでいただけに、音の確かさは鋭いものがあります。
ユニットの名前の以来は彼らの風貌からだそうですが定かではありません。インストルメンタルの分野に入ります。ギターのセッションという演奏だけのグループですが、とても印象深いです。この季節、ドライブにはもってこいだと思います。リラックスしてつかれることのない心地の良い音楽という感じがするのですが。
今年、ソニー・ミュージック・エンターティンメントからメジャー・デビューしました。
今年の4月から関東に拠点を移し活動をしています。一度お聞きすることをお勧めします。音楽にうるさい方にも納得していただけるグループです。
オフィシャルサイトは次の通りです。ディスコグラフィーから視聴が出来ます。
DEPAPEPE(デパペペ)・オフィシャル・サイト

もうひとつもグループです。
『navy&ivory(ネイビー&アイボリー)』です。吾郷水木生さん、下地正晃さんのふたりで、互いに音楽上の欠点を補うことによって5年の歳月を要して結成された二人です。
現在、活動拠点は東京においているようですが、山形のFM局で番組を持っています。10分の番組が現在は30分の番組に拡張されたとのこと、人気のほどがうかがえます。
メジャー・デビュー曲は『指輪』でインデーズの時代から歌って、彼らを世に知らしめた曲です。
現在、『恋愛の樹』というアルバムが四月に発売されました。この中にも先ほどの曲が収録されています。
こちらはコロムビア・ミュージック・エンタティンメントから販売されています。
オフィシャル・サイトは次の通りです。こちらもディスコ・グラフィーから『指輪』をはじめ、何曲か視聴できます。
navy&ivory、オフィシャル・サイト

いずれも、インディーズ時代で出したアルバムが大変売れてその実力が評価されたアーチストです。
今年になってメジャーにデビューしたこの二組の将来が楽しみです。
最近は聞いていても何を歌っているかわからないアーチストが多い中で、真摯に音楽にチャレンジしているアーチストたちを紹介しました。ちょこっとサイトを覗いて、いまどきの若い人たちの音楽に触れてみては如何でしょうか。

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